私のブラック・ヒストリー・マンス(1)
アメリカでは、2月をブラックヒストリーマンスと呼び、アフリカ系アメリカ人の歴史を振り返るイベントが多く持たれる。
ゴスペルミュージックは、彼らの歴史とともに育ってきたので、それに関わる私たちは折に触れその歴史をたどることになる。親しいところから招聘されて向かう場所は、ゴスペルの本場であるアメリカ南部、アラバマ州やジョージア州であることが多く、コンサート活動の隙間は、公民権運動にまつわる施設にも足を運んだりもする。
自分の父親の世代が、激しい差別や弾圧のあった公民権運動の真っただ中を生きてきたと思えば、それは遠い昔話ではなく記録の何もかもが生々しく感じる。
思い返せば、70年代に父が出張でニューヨークに行った際、夜道で後ろからケチャップをかけられたことがある。
本人は「いたずらされちゃったよ。アメリカってところはかわってるなあ」と面白がっていたが、いろいろな書物を合わせ読んでみるとこれは白人の有色人種に対する嫌がらせだったであろうことがわかる。(あくまでも推測だが)
今でもそんな差別はそこかしこで起きている。つい先日もフロリダ州で17歳の黒人少年が自警団の男に銃で撃たれ死亡するという事件があった。地元警察は、武器を持たない少年の射殺であるにもかかわらず「正当防衛」を認め、犯人を無罪放免とした。射殺の理由は、フードつきのトレーナーを着ているのが怪しいというただそれだけの理由だそうだ。
これには、アメリカ各地で抗議の声があがっている。日本では1カ月近くたってようやく新聞に載った。
フェイスブック上の私の友人たちは、事件が報道されたあとアフリカ系アメリカ人を中心に射殺された時の服装と同じ格好をした写真をアップし、抗議の意を表明している。
私は、何ができるのだろうか。いろいろ考えさせられているが、答えはまだ見つからない。先日試しに、フードつきトレーナーのフードをかぶり近くのコンビニまで歩いてみた。確かに顔は見えづらく怪しく見えなくもない。でも、たったそれだけの理由で射殺されてしまうとは・・・。なんと無念なことだろう。
南北戦争が終わっても、人種隔離法が廃止されても、人種差別は続いている。アメリカだけではない、世界の各地で、もちろん日本でも・・・。

















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